ハートの欠片
死人と半死人しかいないこの街には医者がいない。
当たり前だ。死んでるものに治療はいらないし、死んだも同然のやつに治療をするのは無駄なことだ。
そんな街に一人の魔女がいた。
いっけんすると普通の人間だが、身体にはツギハギの跡があり、独特な色合いで奇抜さを演出している。銀髪にピンク色を混ぜた長めの髪はウェーブがかっていて、柔らかい緩んだ表情とあいまってふわふわとした印象を与えていた。頭には黒いシルクハットをちょこんとのせている。
異形が暮らすこの街でも、彼女は特に不思議な存在だった。
魔女は公園で日がな一日ぼーっとしていることが多かった。
今日も朝から公園に赴き、年季の入った錆びれたベンチに座っていた。
そのまま時間は過ぎ、日が暮れようとしたとき、ふいに魔女の耳に声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとすみません」
魔女はキョロキョロとあたりを見渡すけれど、誰もいない。
「あっ、下です。こっち」
そう言われて視線を下に落とす。そこにはゾンビが這いつくばっていた。
「あらぁ。こんにちは~」
「はぁ……こんにちは」
高低差のある状況で、ゾンビは戸惑いながらも挨拶を返した。
「お聞きしたいのですが、あなたは魔女ですか?」
「そうよ」
「もしかして、治癒魔女さんです?」
魔女は首をかしげ、しばし考える。そうして、
「そう呼ばれているかもしれないわね~」
のんびりと答えた。
もどかしそうにしていたゾンビは喜びの声をあげる。
「やっぱり! あなたを探してたんです」
「わたしを?」
「いきなりなんですけど、お願いがあるんです」
「わたしに?」
「はい。じつは見ての通りでして」
そう言って、ゾンビは這いつくばったまま顔を後ろへと向ける。視線の先は脚だったが、肝心の脚は無くきれいにもげていた。その両脚はいまゾンビの背中に括りつけてある。
「あらぁ。脚がとれちゃったの~?」
「そうなんです。森へ行く途中でうっかり地雷を踏みつけてしまって」
「それはたいへんですね~」
「まったくです。でも、吹っ飛んだのが脚だけだったのが幸いでした」
「そうねぇ。それでわたしにご用っていうのは?」
察しの悪い魔女は、ここまでの流れを無視した質問をする。
「あの、脚をなおしてほしいのです」
「わたしが? でも~」
「言いたいことはわかります! なおしていただければお礼は必ずします! ですから!」
ゾンビは言いよどむ魔女に渾身の気迫で詰め寄る。(実際は這いつくばったまま)
「そこまでいうなら、なおしてあげてもいいよ~」
魔女はすっと立ち上がると、どこからともなく大きな針を取り出した。最初は身の丈ほどもあった針を伸縮させて、大きさを調整する。
「ちょ、ちょっと!」
針を持った魔女をみて、ゾンビは慌てた様子で声をあげた。
「その針でなにをするつもりですか?」
「なにって、縫い付けるのよ?」
ゾンビは吃驚して、ますます声を荒げた。
「じょ、冗談じゃない! そんな危ない方法じゃ困ります!」
「?」
きょとんとする魔女にゾンビはまくし立てる。
「あんた魔女でしょ? そこは魔法を使って、しゅーん……ぱっ! みたいな感じで何事もなかったようになおすんじゃないのかよ!」
「……まえきたゾンビさんはそれで喜んでたけど」
「んなわけねーだろ! 身体を縫い付けられたら痛いに決まってるだろ!」
「でも、それがいいーって」
「そいつが特殊なだけだ! そんなやつを基準にするな! 普通は痛いのは嫌なんだよ」
下から目線で怒鳴られた魔女は、少し不満そうな顔をするも、すぐに機嫌をなおした。
「なんだぁ、じゃあぱぱっとなおしちゃえばいいのね?」
そう言った魔女は針を振るう。
「あぁ魔法で頼むよ。時間がかかるってんならちょっとくらい待つから」
「できたよー」
「はえーよ! 助かるわ! ありがとうございます!」
軽やかなステップで帰っていくゾンビを見送ったあと、満足気な魔女は家路につくのだった。
道行く異形のものたちとも、人間とも違う。魔女は一人でこの街に暮らす。
名前のない彼女の家には表札がなく、誰が住んでいるのかもわからないまま。
ただ、それゆえに、街の住民は彼女のことを親しみを込めて『治癒魔女』と呼ぶのだった。
ミズキカオルさんの治癒魔女を書かせていただきました。
非常に好みのキャラクターでしたので、勢いで書きました。かわいい(˶′◡‵˶)
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