アウルロニス

 初めての地上はとても寂しかった。

 わたしは見渡す限りの荒地にぽつねんと降り立つと、そう感じた。

 木々は枯れ果て、乾いた地面には雑草すらない。浅い溝のような地形が大地を横断するように伸びている。おそらくかつての川の跡だと思う。もうずいぶんと長いこと、雨など降っていないのだろう。

 乾いた冷たい風が肌を撫でる。揺れる髪を押さえて周囲を見渡す。

 建物はいくつか見えるけど、どれも荒廃しているのが遠目にもあきらかだった。人間が住んでいる気配は感じ取れない。それでも念のためと、わたしは一番近くの建物へと歩を進めた。

 近づくにつれてそれが家だとわかった。小さな家。扉はすでに無く、石造りの外壁はボロボロに朽ち果て、窓と思わしき枠がいくつか並ぶ。屋根は半分無くなっていて、その残骸らしき塊が砂礫の床に転がっている。

 残骸をよけながらあたりを物色する。家具が揃っていて、かつての住民の生活が垣間見える。小物は形を残していないみたいで、判別できるのはベッドやテーブルなどの大きいものぐらいだ。

 特に目ぼしいものはないみたいでため息がでる。しょうがないから次に行こうとしたとき、何かにつまづいた。思わず情けない声が出たけど、誰にも聞かれていないことにほっと安心する。

 振り返り、しゃがんで足元に目を凝らす。砂になにかが埋もれている。わたしは腰に携えたスコップを取り出し、慎重に周りを掘り出す。

 深くはなかったみたいで、数センチ掘っただけで埋もれていたものの全体がみえた。それはフォトフレームだった。持ち上げると木製の枠が崩れ、ガラス板に挟まれていた写真が抜け落ちてひらりと舞う。拾い上げると、そこに写っているのは若い男女だった。仲睦まじく寄り添う二人。その背景には畑が広がり、遠くにある山々には緑が生い茂っている。まだ自然があった頃の写真に、微かな郷愁を覚えた。


 ちょうど十番目の建物が見えたころ、あたりが暗くなり始めていた。地上で夜を迎えるのはできれば避けたい。わたしは次で最後にしようと目前の建物へ急いだ。

 家だ。それも最初にみた家よりもさらに小さい。暗がりでわからなかったけど、驚いたことに建物は原型をとどめていた。歩を緩めて、まじまじと観察する。すると、窓から微かに明かりが揺らいでいるのがみえた。わたしは思わず息をひそめた。砂礫を踏む音がやけに大きく聞こえる。窓に近づきちらりと中を窺う。しかし見える範囲には誰もいない。無人なのに明かりが灯っているのだろうか。いや、それも中に入ればわかるはず。わたしは深呼吸をする。意を決して扉の前に立った。

 扉を拳で叩く。

 数秒……。

 反応はない……。

 わたしはドアノブに手をかけゆっくりと引き、半身で中を覗く。家の中には誰もいない。ランプの炎が静かに揺らめいている。恐る恐る中へ入って様子をみる。風を凌げるせいか中は暖かかく、人のぬくもりが感じられた。小さなテーブルとイス、それにベッドが一台。キャビネットにはペンとメモ帳、本が数冊。何者かが一人で暮らしている様子が目に浮かぶ。しかし、その何者かはどこにいるのだろう。ランプに灯された炎がつい先ほどまで誰かがいたことを物語っているのに。

 わたしはイスに腰掛けて本を手に取る。厚みのある装丁で、表紙にタイトルのようなものはない。表紙をめくってページに目を通すと、タイトルがないのも頷けた。これは日記帳だった。


  ◆ ◆ ◆


 恵雨の月・十四日。きょうは突然の来客があった。軍のお偉いさんが三人そろってやってきた。話を聞くと、近々ある戦争に向けて徴兵をしているらしい。元軍人の私に声がかかるのは不思議じゃないが、私にその気はない。丁重にお断りをしたが、お偉いさんがたはまた来ると言って帰っていった。あきらめの悪いやつらだ。

 恵雨の月・二十日。首都へ買い物に行った。街中をうろつく軍の姿がちらほらあった。どうやら戦争をするというのは本当らしい。街の住民も軍人をみて不安そうな顔をしていた。露天商の男が言うには隣国が戦術兵器を開発していて、それに対して我が国は先手を取ろうと躍起になっているそうだ。彼も様子を見て国外に避難すると言っていた。戦術兵器が本当ならここも危ないだろう。

 真央の月・三日。けたたましい爆音に目が覚めた。外を見たら遠くで煙があがっていた。音は一度きりだったし首都の方向ではなかったから、まだ本格的に戦争を始めたわけではないだろう。しかし、その日はそう遠くなさそうだ。

 収穫の月・十日。軍のお偉いさんがきた。今度は二人だった。話の内容は同じで、私に兵役復帰しろとのことだ。もちろん断った。私はもう武器を持たないと決めたんだ。たとえそれで死ぬことになることになっても。

 降霜の月・二日。戦争が始まったようだ。ここは遠く離れているからまだ影響はないが、やがては戦火に巻き込まれるだろう。数少ない周りの住人たちも避難して、いまでは私が残るのみだ。私もこの家を捨てるべきだろうか。

 降霜の月・二十八日。とうとう首都に入れなくなってしまった。戦線が近づいているということだろう。つまり我が国が劣勢なのだ。砲撃の音も近づいてる気がする。ここにもいつ流れ弾が飛んでくることやら。

 黄昏の月・十七日。おかしい。ここ数日で砲撃の音がぱったりなくなった。首都に様子を見に行こうにも、さすがにおっかなくて出歩けない。もうしばらく様子を見るべきか。


  ◆ ◆ ◆


 そこで日記は終わっている。最後の日付は十日前。いや、内容をみる限りでは今年の日付じゃないはずだ。おそらく、例の事件が起きた年…………。

 ふいに扉が軋む音がした。視線をあげると扉が開き、男の姿があった。短い白髪。黒を基調とした軍服。シルエットは細いが、裾から覗く肌を見れば鍛えているのがよくわかる。皺のある顔つきは険しく、切れ長の目元が威嚇するようにこっちをみつめた。

「だれだ……?」

 見た目の印象よりもかなり落ち着いた声だった。

「かってにお邪魔していてすみません」

 わたしは立ち上がり頭を下げる。罵声も覚悟していたけど、男は気に留めたようすはなかった。

「かまわねぇよ。人に会うのはひさしぶりだ。俺はドレム。お嬢ちゃんの名前は?」

 わたしは言うべきか少し悩んだ。しかし先に名乗れてしまってはわたしも名乗るしかない。

「メイ……といいます」

 ドレムはベッドに腰掛けて低い声で唸る。

「うーむ、聞いたことない名前だな。この国の出身か?」

 こんどは答えなかった。

「まぁいいさ。ところで、腰のポーチはどこかの支給品か?」

「これは……どうして気にするんですか」

「その黒い羽根のシンボルマークをどこかで見た気がするんだ。どこだったかな」

 わたしは答えない。

「それもダメか。じゃあここにはなにしに来たんだ? そんなサバイバルな格好で観光ってわけじゃないんだろ?」

「調査をしにきたんです。あの事件以来この国はゴーストタウンと化しています。でも最近になって人の姿があるという報告がありまして、ほんとうに生存者がいるかどうかを調べに」

「調査ねぇ。その生存者ってのはたぶん俺のことだな。他には誰もいない」

「……先ほどはどちらに行かれてたんですか?」

 こんどはわたしが質問をする。

「近くに地下シェルターがあるんだ。そこに蓄えてある食料を取りにいっていた」

 ドレムはポケットから缶詰を取り出す。どれも見たことのないものだった。

「そうですか。どうしてシェルターではなくこの小さな家に住んでるんですか? いちいち食料を取りにいくのもめんどうでしょう」

「まともな人間なら地下で暮らすなんてことはしないよ。あんなとこに閉じ込められてたら狂っちまう」

 その言葉を聞いて、自分がまだ正常であることを認識して安心する。

「それは、そうかもしれませんね」

 しばしの沈黙。さきに口を開いたのはドレムだった。

「お嬢ちゃん。お目当ての生存者をみつけたわけだが、どうするんだ?」

「……もしあなたにその気があるのなら、わたしの国に来てもらうつもりです。保護という名目で」

「保護だって?」

「わたしが……国が生存者を探していたのは保護をするためです。あの事件の生き残りがいるのなら助けなくてはならない。いかに物資があろうともいずれは底をつきます。そうなる前に見つけて保護をするんです」

「そうか」

 ドレムはそれだけ言ってまた口を閉ざした。わたしは続く言葉を模索する。

「どうですか。わたしといっしょに来てはいただけませんか?」

 沈黙。やがてドレムは言葉を濁しながら喋る。

「これはたとえ話なんだが、そうだな……俺のほかに、もし、生存者がいたら、その人たちも保護ってことになるんだろうか」

「もちろんそうなります。ほかにいればの話ですけど」

「ほんとうだな?」

 ドレムの強面がこちらを見つめる。威嚇するような目には希望の色がみえるようだった。

「……ご心配なく。何人いようとも、責任をもって保護します」

 見つめ返すわたしの目を受けて、ドレムはなにかを決めたようにすっと立ち上がった。

「ついてきてくれ」

 ドレムはそう言って、扉を開けて外へ出た。

 わたしも覚悟を決めて、あとを追った。


 外は太陽が沈んでしまい、電源が切れたように真っ暗だった。ドレムはいつの間にか持っていた懐中電灯で足元の先を照らしている。わたしもポーチから小さめの懐中電灯を取り出す。

 風が吹きすさぶ暗闇の中を、ドレムは迷うことなく歩き進む。なにかに頼っている様子はなく前だけを見ている。その後ろを離れることなく付いていく。懐中電灯の明かりがあるとはいえ、数メートル離れたら姿をとらえるのは難しいだろう。

 冷たい風に包まれ身体は冷え切ってしまった。ドレムは近くと言っていたけどずいぶん歩いた気がする。いや、暗闇をあてもなく歩かされているから、感覚がおかしくなっているのかもしれない。手首の時計を確認すると、じっさいにはそれほど時間は経っていなかった。

 そこからしばらくしてドレムは足を止めた。そこは目印になるようなものは何もない、変わらない荒野だった。

「ここだ」

 そう言ってしゃがむと、砂に埋もれていた鎖をつかんだ。鎖を力強く引っ張ると地面が音を立てて動いていった。明かりで照らすと、動いたいたのが地面ではなく鎖に繋がれた金属の板だとわかった。ドレムの力んでいる姿からかなりの重さなのだろう。ドレムが最後の一息で引っ張るとぽっかりと穴が現れた。これがさきほど言っていた地下シェルターなのだろう。

「目印もないのによく場所を覚えていますね」

「家を出る時の方角と、あとは歩数で計っている」

「歩数……それはまた、無茶なことをしていますね」

 途中で歩数を忘れたらどうするのだろう。歩幅を一定に保つのだって意外と難しいのに。だいたいこの荒野でまっすぐ進み続けるのも、そうとう無謀なことだと思う。

「さきにはいってくれ。蓋を閉める」

「わかりました」

 わたしは言われた通り地下に続く階段を下りた。懐中電灯で先を照らしながら進んでいくと、前方が明るくなっていくのが感じられた。そして道幅が広くなったところから電球が吊り下げられていた。わたしは懐中電灯をしまい、後ろを振り返る。ほどなくしてドレムが追いついてきた。

「この先だ」

 そう言ってわたしを追い抜く。そこからほんの数メートル先の空間に出て、わたしは驚いた。

 そこには五十人近い人が生活をしていた。集合住宅を思わせる雑多な空間は、ここでの生活が短くないことを示していた。

 見えるのは大人や老人の姿ばかりで、子供はいないようだった。気にかかるのは誰もこちらに注目しないこと。ドレムはともかく、わたしは初めて来る人間だというのにこちらを見向きもしない。というよりも、この距離まできてもわたしたちに気付いていないというべきなのか。

「この人たちは?」

「生存者だ。あの事件のな」

「こんなに、ですか」

「生存者といっても、ほとんどは半死人だ。正常な意識を持ってるやつは少ない」

 それでこちらに反応がないのか。よくよく考えればそれもそうだろう。少なからずあの事件の被害を受けているのだろうから。

「……さっきは生存者はあなただけだと」

「申し訳ないが、嘘をつかせてもらった。素性のわからないやつに、ここを教えるわけにはいかなかったんだ」

「……教えていただいたということは、わたしの言葉を信じて、この人たちの保護を頼みたいということでしょうか」

「そうだ。俺が世話をするだけでは意味がない。治療はもちろん、ちゃんとした生活をさせてやりたい」

「……意味がないとわかっていても、これほど長いこと面倒をみていたのですか?」

 ドレムは天井を仰ぎ、深く息を吸う。

「ここには、俺の親父もいる。あの事件……戦術兵器アウルロニスによる絨毯爆撃で足を失ってからは死人も同然だがな」

 家族を想う姿はどことなく哀愁を滲ませている。その気持ちがわたしにも伝播したかのように、空にいる両親の顔が浮かんでくる。

「じゃあ、あの日記は」

「読んだのか?」

「はい、すみません……」

「そうか。あれは親父の日記だ。あの家は運よく爆撃を避けて形を残していた。親父は運悪く外にいたもんだから、あんな風になっちまった」

「爆撃があったとき、あなたはどこに?」

「俺はここにいた。食料を運び込んでいたところだった。そしたら地震がおきたように壁と地面が揺れた。身体が震えるような衝撃が何度も続いた。振動が止んでから外に出たら、そこはもう、俺の知ってる世界じゃなかった」

 わたしは閉口する。あのときの光景はわたしの記憶にも残っている。

 山が消えた。

 森が消えた。

 街が消えた。

 家が消えた。

 人が消えた。

 いまでも時々、トラウマともいえるあの光景を夢にみる。悪夢を。

 やっぱりわたしは…………。

「ドレムさん、ここにいてください。それからしばらく外にでてはいけません。わたしがもう一度来るまで、ここに隠れていてください」

「なにをいってるんだ、お嬢ちゃん」

「すみません、わたしも嘘をついていました。わたしの本当の目的はあなたたち生存者の居場所を探し出すこと。そして、それを上に知らせること」

 ドレムの表情が曇る。

「上っていうのは、だれなんだ」

「言葉通りです」

 ドレムは逡巡して、はっとしたようにこっちを見る。怒りとも怯えともとれる表情は、わたしの言葉を理解した証拠だった。

「戦術兵器アウルロニス、またの名を飛空要塞アウルロニス。わたしはそこの生まれです。まだ幼かったわたしは、空から爆撃の様子を見ていました」

「思い出した……。まだ戦争が起こるまえに、スパイによって調査された敵国の情報が流された。それには脅威となる戦術兵器の写真が載っていた。写りは鮮明じゃなかったが、たしかにその兵器には、黒い羽根のシンボルマークが描かれていた……」

 ドレムはわたしのポーチに目をやる。そして苦虫を噛み潰したような顔で悪態をつく。

「くそったれが! あのとき気付いていりゃここを教えたりしなかったっていうのに!」

「落ち着いてください」

「どの口がいってくれる! おまえはさっき上に知らせるといった! 理由は一つだ。残った生存者を殺すためだろ。違うか!」

 ドレムの憤りが地下に木霊する。

「もう一度いいます、落ち着いてください。たしかに最初はそのはずでした。わたしが生存者を探し出して、上がそれを……その……処分、すると。……でも、いまは違います! わたしは本当にあなたたちを助けたい」

「信用すると思うのか」

「信用してもらうしかありません。わたしはこの地下のことを、あなたたち生存者のことを上には報告しません。行動は制限されますが、すぐに殺されるようなことにはなりません。わたしはこれでも軍に人脈があります。知人に医者もいます。この地上での調査はまだ長いこと続くはずです。わたしはそのたびにここに食料をもってきて、医者もつれてきます」

「だがそれも付け焼き刃でしかない」

「わかっています。だから、わたしを信じて待っていてください。わたしが国を変えてみせます! あなたたちを殺させない世界にしてみせます!」

 それは、たぶん、わたしの本心だった。いままで抑え付けられていた感情が、荒んだ大地を見て、そして苦しむ彼らを見て、限界にきたんだとおもう。

 実際に目の当たりにするまでは、自分には関係のないことだと思っていた。でもそうじゃなかった。わたしの言葉一つで、彼らの命は奪われてしまう。

 わたしは、彼らを殺せる。

 違う。そうじゃない。

 わたしは、彼らを助けられるんだ。

「信じてください。ぜったいに助けてみせます」

 ドレムがわたしを見つめる。その眼差しは鋭く、心を覗かれるようだった。いっそのこと覗いてくれればいい。わたしの救いたいという想いをみてほしい。絶対に助けるという想いを。

 長い沈黙を破って、ドレムが口を開いた。

「わかったよ、お嬢ちゃん。信じてみるよ」

「ドレムさん……」

「地下に閉じ込められるのはしょうじき勘弁なんだが、遅かれ早かれこうなる気がしてたんだ。覚悟を決めるよ」

「ありがとうございます!」

「礼をいうのはこっちのはずなんだがな。お嬢ちゃんの気持ち、うれしいよ。ありがとう」

「そのお嬢ちゃんはやめてくださいよ。わたしの名前はメイです」

「あぁ、そうだったな。ありがとうな、メイ」

 ドレムは少し照れるように笑った。普段が強面のぶん、笑顔はとてもすてきに見えた。

「そうだ、これを持っていてください」

 わたしはジャケットの胸に付けられた黒い飾り羽根をはずす。

「黒い羽根は、わたしの国で守護の象徴とされています。黒い羽根のシンボルマークが描かれるのもそのためです。これを持っていればきっと大丈夫です」

「しかし、俺が持っていたらメイはどうするんだ」

「わたしは大丈夫ですよ。だってあのアウルロニスにいるんですから」

「いってくれるじゃないか」

 わたしの皮肉にドレムは笑ってくれた。もう緊張は解けたみたいだった。

「それではわたしは戻りますね。次がいつになるかはまだわかりませんが、必ずまたきます」

「あぁ、待ってるよ」

 ドレムの言葉を聞き届けてから階段の方へ歩きだそうとしたら、

「そうだ。一ついっておくことがある」

 わたしは振り返る。

「なんですか?」

「俺は暗いところが苦手なんだ。とくに一人でいるのは耐えられない」

 ドレムは茶化すように言った。それを聞いて、わたしは微笑む。

「なるべく早くきます。では、また」


 重い金属の蓋をどかし外へ出ると光が差してきた。わたしは眩しさに思わず手をかざし目を細める。視線の先には人工的な冷たい光が輝き、それを遮る人影がいくつかあった。その中の一人が近づいてくる。翳る姿、その正体がはっきり確認できたとき、わたしは背筋が凍った。

「監督官……」

「ズルメイ調査官。初めての地上調査、ごくろうだ。調査の結果はどうかね?」

「どうしてこちらに……?」

「いやなに、きみのことが心配でね。なにせ初めてのことだ、予期せぬ出来事がおきていないかと様子を見にきたんだ。それで調査の結果は、どうだったかな?」

 バレてる……いや、落ち着きなさい。ここが何かはわたしが喋らなければわからないはず……なんとか誤魔化すしか……。

 小さく深呼吸をして平静を装う。

「地下シェルターを発見しました。しかし、中は無人で放棄されています。いえ、最初から誰もいなかった可能性もあります」

「ふむ、そうか無人だったか」

 監督官はあごに手をやり考えるように唸る。これで隠し通せるとは思えない。ここはもう一つ……。

「ですが中を調べれば何か判明するかもしれません。今後も調査をする必要があるかと思います。おそれながら、引き続きわたくしに調査を担当させてはいただけないでしょうか」

「そんなにかたくならずともよい」

 監督官は笑みを浮かべる。

「もちろん調査は続ける。そうだな、今後もきみに頼むのがよさそうだな。経験を積むにはちょうどいいだろう」

「あ、ありがとうございます!」

 よかった……これでドレムとの約束を守ることができそうだ。

 安堵していると、わたしの元に監督官が近寄った。

「ちょうどよい機会だ、ズルメイ調査官にもみせておきたいものがある」

「わたくしにですか……?」

「そうとも、今後の調査にも役立つものだ。先日に開発が完了したものでな。おい」

 監督官は後ろで待機していた武装兵を呼び寄せる。

 武装兵は構えていた銃を離し、ノートブックみたいな端末を取り出した。平たい端末は液晶画面しかなくボタンの類はない。監督官はそれを受け取り、画面を指先で触る。それで操作しているようだった。

 監督官は操作を終えたのか、端末をわたしの後方へとかざした。わたしも倣うように振り返り、端末に目を向ける。真っ黒な画面の中に赤い色をした塊がいくつもあった。かすかに動いているようにもみえる。

 それがなにを示すのかに気付き、わたしは全身から血の気が引くのを感じた。

「これはこれは、どうやら無人ではなかったようだな」

「……ま、待ってください!」

 わたしはすがるように叫んだ。しかし、監督官は取り合うつもりなどまるでないようだった。手を挙げて、前方に軽く振り下ろす。その合図と共に、待機していた幾名の武装兵が地下へと走り込んでいく。

 わたしはただ茫然として、引き止めるちからもなかった。

 監督官は変わらない笑顔でわたしの肩を叩く。

「やはり様子を見にきて正解だったようだ。なに、気にすることはない。初めてのことだから、このような見落としくらいはあるものだよ」

 わたしは言葉がでなかった。どうすることもできない。なにもできなかった……。

「ここは彼らにまかせて上に戻ろう」

「うえに……」

 わたしは空を仰ぐ。浮かんでいるのは飛空要塞アウルロニス。わたしの育った家。そしてわたしを閉じ込める牢獄。

「おや、ズルメイ調査官、羽根はどうしたのかね?」

「これは…………」

 胸元に手をやる。いつも身に着けていた黒い羽根。守護の象徴。わたしを守ってくれるもの。いまはもう……。

 監督官は新しい、黒い飾り羽根を取り出した。

「あれがなくては困るな。どれ、新しい羽根を渡そう。次はなくしてはいけないよ、これは我が軍の誇りなのだ」

 違う。

「ズルメイ調査官?」

 これはわたしの羽根じゃない。

「どうかしたのかね?」

 わたしの羽根は、

「聞いてい――」

 あそこにあるんだ!

 瞬間、駆け出す。

 再び、暗く狭い地下へ。

 わたしを待っている人の元へ。

 願わくは、黒き羽根のご加護を。

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