夜天の下

  年が明けるまで残すところ一週間。駅前のイルミネーションが煌めくなか、相川宗也は待ちぼうけていた。
 吐く息が白く濁る寒空の中でたたずむこと数時間、雪のように白い肌をした宗也の頬は赤みをおびている。制服の上からダッフルコートを着込んではいるが、首元からは冬の冷たい風が侵入し放題だった。
 宗也の待ち人同じ三年生の友だちで、三島結奈という女の子だ。終業式のあと買い物に付き合うという約束で待ち合わせをしていた。
 ところが結奈は帰り際に頼まれ事ができてしまったらしく、宗也のもとには遅くなるというメールが届いた。その内容にはお店にでも入って待っていてほしいとの旨も書かれていたが、宗也はこうして待ち合わせ場所の駅前にある噴水の前で、忠犬のように結奈を待っている。
 宗也がなんとなくイルミネーションの電飾の数をかぞえていると、ポケットの携帯電話が鳴った。液晶には新着メールの表示。携帯電話をひらきメールを開封する。それは結奈からで『駅に着きました。どこのお店にいる?』という連絡だった。
 宗也は慣れた手つきで『噴水の前にいるよー』と返信する。これなら再度連絡はしてこないだろうと思い、携帯電話をたたみポケットにしまった。
 それからしばらくすると、宗也をみつけた結奈がツカツカと近づいてきた。その表情は険しく、怒っているようにもみえた。
 宗也も結奈に気付くと、軽く手を振って迎えた。そしてパーソナルスペースまで来たところで、結奈が開口一番に言い放つ。
「こぉんのバカー!」
「どうしたの、結奈ちゃん?」
 宗也は珍しく声を荒げている結奈を不思議そうに見る。
「それはこっちのセリフよ! なんで外で待ってるのよ。寒いからお店に入ってなさいってメールしたわよね?」
「……寒くないよ?」
 宗也はあっけらかんと答える。結奈は表情をそのままに、宗也の手を握った。その冷たさに身体がビクっと反応する。
「雪だるまと握手してるんじゃないかってぐらい冷たいわよ」
「ほら、僕はもともと体温低いから」
 いつもの爽やかさで笑いかけてみるも、結奈のお咎めは続いた。
「馬鹿言わないの。ただでさえ白いのに、こんなに冷たくなってたらほんとうに死んでるかと思うわ」
 そう言って結奈は手を離した。宗也が小さく苦笑いを浮かべると、結奈は呆れた様子でうつむく。
「遅くなっちゃったから急ぎたいけど、ちょっと寄り道するわね」
「寄り道って、どこに?」
 歩き出そうとしていた結奈は振り返り、決め台詞のように言う。
「スタバよ!」



 宗也は角の席を確保をして、注文にいった結奈を待っている。
 店内は混雑していてほとんどがカップルと思われる男女だった。仲睦まじくする人らを、宗也はぼんやりと眺めている。その頭の片隅には付き合っている女の子たちの姿がチラついていた。
 カップを持った結奈が席までくると、宗也の前に座りカップの片方を渡す。
「はい。これ飲んで暖まりなさい」
「ありがとう。きょうは結奈ちゃんやさしいね」
 宗也の素直な感想だったが、結奈はしかめっ面で苦言を呈する。
「あしたは大事な日なんだから、風邪でもひいたらどうするのよ」
「身体は丈夫なほうなんだけどなぁ」
「どの口がいうのかしら」
 結奈の視線は雪のように白い肌へと向けられる。宗也は視線を感じて照れるようにはにかむ。
「色白なのは生まれつきだよ」
「説得力がないっていってるのよ」
 宗也は薄く笑うとコーヒーを啜り、ほっと息をはく。のんきな宗也を見て結奈はため息をついた。
「プレゼントはもう決めたの?」
「うーん……まだ決まらないんだ」
「あなたはいつも貰う側だものね」
 そう言われて、再び付き合っている女の子たちが頭に浮かんできた。そしてその中にはいない結奈のことを考える。
「結奈ちゃんはどんなもの貰ったら嬉しい?」
「私の趣味じゃ参考にはならないわよ」
「そうかなー」
 要領を得ないやり取りに結奈は呆れつつ、案を立てる。
「じゃあ、マフラーとか手袋はどう?」
「マフラーはもうお気に入りがあるみたいだけど、そういえば手袋はなかったなあ」
 宗也は思い出すように答える。
「なら手袋がいいんじゃない? 色とか柄の好みぐらい二人で考えれば大丈夫だと思うし」
「それが良さそうだね。そういうお店ってこの辺にあるのかな」
 心配する宗也だったが、結奈は問題ないといった口ぶりで、
「めぼしいところは知ってるから大丈夫よ」
 頼もしい結奈の言葉にほっと胸をなでおろす。
「結奈ちゃんがいてくれて助かったよ」
「こんな調子で、いままではどうしていたのかしら」
「去年までは羽衣に直接ほしい物を聞いていたんだよ。でも来年は中学生になるから、ちょっとサプライズをしてあげたくてさ」
「ふぅん。羽衣ちゃんならそんなことしなくても喜んでくれると思うけれど」
「そうだといいんだけどね」
 宗也がかすかに見せた憂い顔に、結奈は胸中をさっしたような言葉をかける。
「いつまでもお兄ちゃんにべったりしてるわけにはいかないのよ。嫌われてるわけじゃないから安心しなさいな」
「そう思う?」
「私は一人っ子だから妹の気持ちはわからないけれど、女の子の気持ちはわかってるつもりよ」
「そう言ってくれると頼もしいよ。ありがとう」
 宗也のお礼の言葉に、結奈はまんざらでもない仕草でココアを口に運んだ。



 喫茶店を出た二人は、結奈が案内したお店に入ってプレゼントを選んでいる。時間も遅くなってしまったので、長居することなくてきぱきと厳選を済ませたのだった。
「羽衣ちゃんにぴったりな色味があってよかったわね。サイズがちょっと心配だけれど」
「すぐにちょうどよくなると思うし、少しくらい大きくても大丈夫だよ」
「相川くん、女の子がみんな私みたいにでかくなるわけじゃないのよ」
「うん? 結奈ちゃんは大きくはないでしょ」
 あたりまえのように話す宗也だったが、結奈はむずかしい顔になる。
「そりゃあなたからすれば私は小さいと思うかもしれないけれど、ふつうの女の子よりはでかいのよ」
 宗也はやや理解していないようなきょとんとした顔をみせる。それでも構わないのか、結奈は無視して話を続ける。
「ほら、用は済んだのだからはやく帰ってあげなさいな。羽衣ちゃんが待ってるわよ」
 そう言って手で追い払うような仕草をする。
「わかってるって。きょうは付き合ってくれてありがとう」
「お礼はもう十分聞いたわ。じゃあ、またこんどね」
 宗也は立ち去ろうとする結奈をみて慌てて手を取った。
「あぁちょっと待って」
 急に手を掴まれた結奈はわずかに驚いた顔をみせたが、すぐに気を引き締めてみせる。
「なに?」
「はいこれ」
 宗也は手のひらに収まる大きさの紙袋を渡した。
「これは……なにかしら」
「結奈ちゃんへのプレゼントだよ」
 笑顔で言ってのける宗也とは対象的に、結奈の表情は固まっていた。
「いつのまに…………」
「さっき羽衣のプレゼントを買ったときにね」
「ぜんぜん気づかなかった」
「びっくりした?」
「……したわ」
「よかった。結奈ちゃんは良く気が付くから、サプライズできるか不安だったんだよね」
 してやったり感のある微笑みは、結奈の心を的確にとらえていた。嬉しさと悔しさが同居するような複雑な表情だったが、結奈の口から出てきた言葉は素直なものだった。
「あ、ありがと。でも、私はなにも用意していないのだけれど」
「またなにかあったときに付き合ってくれれば、それでいいよ」
 宗也は屈託のない笑顔で言った。
 動揺の続く結奈は深呼吸をして少し冷静さを取りもどす。
「そうね。私にできることなら協力するわ」
 かすかに笑ってくれた結奈をみて、宗也はひと安心した。
「それじゃあ帰らなきゃ。またね、結奈ちゃん」
「ええ、またこんどね」
 結奈に見送られながら、宗也は急ぎ家路につくのだった。



 宗也が去ったあと、結奈は一人きらびやかなな街中にたたずむ。
 渡された紙袋の重みが気になり、その場でテープをはずして開けてみた。
「これは……」
 取り出したのは雪だるまのオーナメントだった。なにかのキャラクターかと思われるデフォルメされたビジュアルに、ゆるキャラを狙ったかのような派手な色合い。描かれている表情は身体が溶けているせいか、苦痛に歪んだしかめっ面をしている。
「あいかわらずセンスを疑うわね」
 毒づいてみてはいるが、結奈の口元は緩み、薄く笑みを浮かべていた。

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