てのひらの奇跡

 放課後の校内は帰宅する生徒で賑わっていた。いまさら登校した拙(ぼく)は下駄箱へと向かう人波に逆らって職員室へ向かった。

 職員室の前までくると知った顔が出てきて「ひさしぶりだな」と心配されたけど、話せない事情があるから適当にごまかしてやりすごした。中に入ると担任の修善寺先生が拙に気づき立ち上がって手招きをする。

 久しぶりの仕事が担任からというのは偶然なのか父さんの計らいなのかわからないけれど、正直なところ複雑な心境だ。


「古都島(ことじま)くん、お休みしてたのにわざわざありがとね」

「大丈夫ですよ。先生に恩を売れるならこれぐらい」


 修善寺郷美(しゅぜんじさとみ)先生。最近うちの学校に移動してきた若い先生で拙のクラスの担任を務めている。容姿端麗で性格もおおらか、歳が近いこともあって生徒たちにも受けの良い人望のある先生だ。ただフレンドリーが過ぎるのか統率力に乏しく生徒が言うことを聞かないのもしばしばあるようだ。


「あらぁ、古都島くんは真面目でおとなしいと思ってたんだけど。先生がっかりだなー」

「今日は仕事の話しをしにきたので古都島2年生のことは忘れてもらえると助かります」

「そうだった、今日はその話しだったわね。向こうで話しましょうか」


 先生に促され奥の応接室へ案内される。先生は年期のはいったくたびれたソファーに腰をおろし、拙も向かいのソファーに座った。

 相手が担任とはいえ周りの目があるここじゃ長いことは話せない。拙はさっそく本題を切り出した。


「父さんからは何も聞いていないんですけど、奇石の依頼ですよね」

「えーっと、ごめんなさい。私も詳しくは知らないのだけど……」


 苦笑しながら先生は困ったように言葉を濁す。

 まぁこういうケースは前にもある。ほとんど表にでないうちの家業は人づてに、さながら伝言ゲームのように広まっていき原型を留めていないこともある。くわえて拙に回ってくる依頼者は先生のように表の人で、そういう人は古都島のことをよく知らずに依頼してくる。


「たぶん人づてに古都島のことを聞いたんだと思いますけど、どんな風に聞いてます?」

「んーとね。古都島の人にお願い事を聞いて貰えればそれを叶えてくれる、だったかな。あれ、悩みを解決してくれる……とも言ってたような……うーん……」


 うつむき思い出すように話す先生は申し訳なさそうにまた謝っているけど、これはまだいいほうだ。中には古都島を企業スパイかなにかだと思って表にだせないような依頼をしてくる人もいた。それは丁重にお断りしたらしい。


「はっきりしなくてごめんなさいね」

「大丈夫ですよ。半分は当たってますから」


 それを聞いて先生は表情を一変させて目を輝かせて身を乗り出す。


「それって願い事を叶えてくれるってこと? 魔法使いなの?」

「似たようなものですが魔法は使えません。それから先生近いです」

「あ……失礼しました」


 照れ笑いのあと先生は咳払いをして気を取り直した。


「似たようなものっていうのはどういうこと?」

「そうですねぇ……説明は長くなるので省きますけど依頼主にはコレを渡しているんです」


 拙は制服のポケットから用意しておいたものを取り出し、先生の前に広げて見せる。掌の上にポツンと置かれたビー玉のようなものに先生は目を凝らす。答案用紙の答え合わせをするように凝視しているけど、それが何なのかはわからなかったようで視線を拙に向けた。


「宝石みたいだけど、違うよね?」

「正解ですよ。正確には奇石(コーラル)っていいます」


 それだけじゃわからないと首をかしげてうなる先生に説明を続ける。


「奇跡の石と書いてコーラル。文字通りこれは奇跡を起こすことができる石なんです。古都島の人間にしか作れないものなのでとても貴重で希少です」

「奇跡を起こすの? それじゃあ私の願い事も叶うってこと?」

「叶えるにはいくつか条件がありますけど、たぶん大丈夫だと思います」

「なぁんだ、やっぱり古都島くんは魔法使いなんじゃない」

「違いますよ」


 拙は笑って否定した。


   ◇   ◇   ◇


 修善寺先生との用事を終えて職員室をあとにする。来たばかりだけど当然校内に人影はなく閑散としている。いまから教室に行くわけもなくまっすぐ帰路につく。

 重い足取りで下駄箱までいくと低めに結ったポニーテールが目立つ知り合いがいた。退屈そうにしゃがんでいたけど、足音で僕に気づいたようで立ち上がり控えめな笑顔を向けた。そして小さくても良く通るハキハキした声を響かせる。


「お仕事おつかれさまです」

「なんで当然のようにいるのかなー。待ち合わせもしてないし仕事でくるっていった覚えもないんだけど」

「わたくしは晴臣さんの助手ですから」


 そう言って微笑むポニーテール女子の名前は黒河千百合(くろかわちゆり)ちゃん。1つ下の1年生で古都島の関係者以外で拙の仕事を知ってる稀有な存在。容姿も可愛いし性格もまぁ良い子だけど、拙の助手をするようになってからは距離感がつかめずなんとなく苦手だ。


「微妙に噛み合ってないけど、まぁいいや……それでなにしてるの?」

「部活が終わりましたので晴臣さんを待ってました。お元気そうで良かったです。いえそんなことよりも、どうしてお一人で仕事しているのですか!」


 丁寧な口調と落ち着いた表情からとは思えないほど声には怒気が含まれていた。


「話しを聞くだけだったし久しぶりの仕事だから1人のほうがよかったんだ」

「久しぶりなればこそわたくしが側にいるべきではないですか。晴臣さんはわたしがいないと何もできないのですよ?」


 そう言いながらびしっと人差し指を拙にむけた。すぐにそれを払いのける。


「指を向けない。まったく、拙は介護が必要な老人じゃないよ」

「そうはいってもわたくしが身の回りの世話をする前、引き篭もっていたときはまさに醜態だったじゃないですか」

「好きで引き篭もってたわけじゃないよ」

「事情はわかっています。それでも引き受けているお仕事には真摯になるべきです」

「まぁ……努力はしてるよ」


 千百合ちゃんが疑いの眼差しで拙を覗きこむ。


「そうですか。残念ですがそれならわたくしが口を挟むことはなさそうですね。ですがもしもの時は、わたくしはいつでも晴臣さんの手足として動きますから存分にこき使ってくださいね」

「本当に必要なときだけ頼らせてもらうよ」

「それで十分です」


 この子の従順さは献身というより狂信に近いものだ。自分を助けた拙のことを神にも等しい存在として扱う、そんな危うい思考になってしまっている。彼女に悪気はない。だから無闇に突っぱねることもできずこんな状態になってしまった。彼女との出会いがもっとまともで普通だったら、帰りに甘いものでもごちそうして和やかな雰囲気を楽しめたことだろう。

 ただ、もし普通の出会いをしていたら、きっと彼女は拙のことを記憶に残すことすらなかっただろう。それが彼女にとって良いことなのか悪いことなのか、もう聞く術はなくなってしまった。


   ◆   ◆   ◆


 久しぶりにまともな時間の登校をしたある日。休み明けの教室はじめっとした生ぬるい空気を漂わせている。後ろで聞こえてくるムードメーカーたちの雑談にもキレがなく、失笑を買っている。

 そんな雑音を背景に、駄弁るような相手のいない拙は授業が始まるまで黙々と読書をして過ごすのだった。

 そして昼休み、それは起こった。

 

 ジリリリリリリ!!!!!!!

 

 廊下から金属的な爆音が鳴り出した。

 音量設定を間違えた目覚まし時計のような轟音に、教室でお昼を食べていた何人かが廊下へと顔を出して何事かと野次っている。しかし少し様子を見ただけですぐに元の場所へと戻り気にすることなく食事を再開しだした。

 非常ベルだと思われる音にもかかわらず、生徒たちがほとんど気にしていないのには理由がある。

 拙は学校にいなかったから報告書を読んだだけなんだけど、こんな風に非常ベルが鳴る事態が今月に入ってもう5回は起きている。いやさっきので6回目か。そんな頻繁に非常ベルが鳴っていれば非常さに欠けるのもしかたない。そして6回目ともなれば対処も早い。教員たちがすぐに動いたらしく、1分も経たずにベルは鳴り止んだ。

 事情を知っている拙は慌てず騒がずおにぎりを完食して、午後の授業に備えてたっぷり昼寝をした。


   ◇   ◇   ◇


 放課後。目の前の教壇にいる修善寺先生に用事があるのだけど人前じゃ話せない内容だ。せめて生徒のいない職員室でもないと落ち着いて話せない。それまでどうやって時間を潰そうかと考える間もなく千百合ちゃんがやってきた。静かに、そして力強く入ってきた。


「晴臣さん聞きましたよ!」


 ホームルームが終わったあととはいえ、上級生の教室に臆することなく入ってくる彼女にみんな驚いていた。僕を含めて。


「……とりあえず外で話そうか」

「?」


 きょとんとする彼女を引き連れて僕は教室を出る。そのまま4階にある端っこのある教室へ連れ入った。


「晴臣さん、この教室はなんですか? わたくし入ったことも見たこともないのですけど」

「生徒会の準備室だよ。生徒会室は別にあるからここはほとんど倉庫さ」

「そうでしたか。でも勝手に入ったらまずいのではないです?」

「大丈夫、生徒会長さんとは知り合いで許可はもらってる。いつでも使っていいよってね」

「生徒会長ってあの小さい女の人ですよね? そんな話しができるほど交流が有るんですか?」

「うん? まぁ仕事でちょっとね……」


 守秘義務的な意味でも個人的にも詳しくは話せなくて、言葉を濁してはぐらかす。そしたら敏感にただならぬ気配を察知したようで、千百合ちゃんの言葉尻が強くなる。


「なんですか、あたし聞いてないんだけど?」


 険しい表情でずいっと拙を覗きこもうとする彼女に思わず後ずさる。


「前に仕事を受けただけだよ。守秘義務で言えないってだけ」

「ほんとぉかな~?」

「嘘つくようなことじゃないだろう」


 それを聞いて千百合ちゃんはすぐに笑みを浮かべて口調もなおした。


「それならよいのですよ。わたくしは晴臣さんの助手ですからお仕事の件は把握しておかなければなりませんが、わたくしが助手になる以前のことでしたらとやかく口を出すわけにはいきませんものね」


 そうは言っているけど、隠し事があると知れば追求されるんだろなぁ……

 あとで会長さんに余計なこと言わないよう釘を差しておこう。よく喋る人だから、うっかりどころかあっさり話しそうだ……


「ちょうどいいから千百合ちゃんにも今回の依頼について説明しておくよ」

「実はわたくし、依頼人が修善寺先生ということはすでに聞いています」


 あぁ、さっきの「聞きました!」っていうのはそのことだったのか。まったくあの人はまた拙に何も言わず喋るんだから。


「そう、修善寺先生からなんだけどなかなか単純なことではないみたいでさ」

「いままでのように病気を治したり悩みを解消したりではないのですか?」

「先生本人から聞いた話しと報告書の内容を見る限り、どうも違うみたいなんだ」

「それはまた気になるフリですわね。聞かせてください」


   ◇   ◇   ◇

 

 修善寺郷美。25歳。4年制大学を卒業後、教育実習を経て正式に教職に就く。生まれつきの容姿端麗さと大学時代に会得した協調性・コミュニケーション能力もあり、生徒との絶妙な距離感で支持を得る。勉学に関しては専門分野である現代文以外は苦手意識が強く、学生時代の成績も中の上といった程度。腰の低い人間性とやわらかい言葉使いによる人当たりの良さで、老若男女だれに対しても悪いイメージを与えることはほとんどない。

 そんな世渡り上手な彼女の奇行が発作的に起こるようになったのは教職に就いてからとのこと。

 異変を感じたのは出勤時のことで、普段通りに電車で学校へ向かっていたところ気がついたら違う方向の電車に乗っていたそうだ。初めは勘違いやうっかりだと思ったが、ある時を境に意識的にやるようになってしまったという。遅刻すると分かっていながら違う電車に乗ってみたいという衝動が抑えられなくなってきたらしい。

 その異変は次第に強くなり、以前の学校に赴任して数ヶ月経った日の出来事。授業中、唐突に何人かの生徒を外に追い出したのだ。追い出された生徒は騒いでいたわけでもなく特別に問題のある生徒でもなかった。逆におとなしい温厚な生徒を選んでいることもあった。その奇行は幾度と無く繰り返された。

 もちろんすぐに問題となりその都度教員たちから再三の注意を受けていた。しかし、彼女の異変が治まることはなかった。彼女自身も自らの奇行に困りながら、他の教員や保護者にも謝罪して回っていた。

 結局その学校からは移動が決まり、うちの学校へとやってきたのだという。

 不思議なことに、うちの学校へ赴任してからは一切の奇行がなくなったという。彼女は異変が治まったことに安心していたが、ここ数ヶ月でまた症状が出始めたそうだ。しばらくは自制ができていたのだがそれも限界となり、件の非常ベル事件を起こしてしまい、それが今も続いているという。


   ◇   ◇   ◇


「まとめるとこういう現状になるかな」

「たしかに、例のない話しですわね。それにそういう症状となると……」

「うん、拙の作る奇石は持ち主となる依頼者の明確なイメージが必要になる。病気を治したいならその病気を知って向き合うこと。悩みがあるならその悩みに対する具体的な解決方法や理想的な状況を想像すること。そういう本人の強い意志が奇石の効果を強めるんだけど、今回は原因がわからない」

「原因不明では修善寺先生は何に対して想いを抱けばいいのか不明瞭ですものね。奇石の効果も半減してしまいます」

「作る時に拙が直接イメージを入れ込むこともできるけど、先生本人もわかっていないことを入れ込むことはできないしね」


 いままでに比べて難しい依頼。修善寺先生は奇行をやめたいと思っているから、あたりをつけてイメージを入れ込むことはできるけど、その奇行の根っこは不可解な衝動だ。どうしてそんな衝動に駆られるのかがわからないとやっぱり効果はいまひとつだろう。様子をみて検証するのも手だけどのんびりしている余裕はない。長引けば修善寺先生が次にどんな奇行に走るかわからない。事によってはまた学校を移動することになるかもしれない。極論を言うなら職を失うことだってありえる。

 そんな事態は避けなければならない。

 つい黙りこんで考えている拙の神妙な面持ちに、千百合ちゃんは自信に満ちた冷静な言葉で話す。


「そんなに怖い顔して考えないでください。なんのために助手のわたくしがいると?」

「……今回ばかりはきみでも難しいんじゃないかと思ってるけど」

「心配には及びません。わたくしに任せて下さい」


 昔から自信家だった千百合ちゃんだけど、拙の助手をして成功体験をするようになってからは一段と自信に満ち溢れている。頼りになる反面、一歩間違えると危険なことをしでかしそうで内心では戦々恐々としている。

 でも彼女に頼らざるをえないのもまた事実。

 彼女もまた、拙と同じように特別な力の持ち主なのだから。


「わかった。それじゃあ頼らせてもらうよ」

「お任せください。それではいってきますね」

「いくって……」

「修善寺先生のところですよ。このあとお話しするつもりだったのでしょう?」

「あいかわらず説明する手間がないね」

「それがわたくしですから。時間がかかると思いますから、晴臣さんは先にご帰宅していてください。明日にでもご報告いたします」


 そう言って千百合ちゃんはポニーテールを揺らしながら準備室を出て行った。

 このあとの用事がなくなってしまった拙はお言葉に甘えて、一足先に帰り奇石作りのための準備をしようと思った。


   ◇   ◇   ◇


 帰り道の途中、家まであともう少しというところで角の電柱に見覚えのある人物がいた。

 こっちを向いて仁王立ちの小柄な女性。透き通る金色の長い髪は後ろで雑にまとめ、スウェットパンツに有名キャラクターの偽物が描かれたTシャツ、その上にゆったりめのくたびれたパーカー。足元はビーチサンダル。見るからに部屋着のままちょっとコンビニまでスタイルだが、あれが普段着らしい。思わず口が出そうになるけど毎度あそこまで堂々と着ているんだ、ツッコむのも野暮だろう。

 その残念な格好の美人が拙に声をかける。


「やぁハルオミくん」


 にこやかに挨拶をするこの人は古都島の情報提供者。金髪だし顔立ちもどちらかといえばヨーロッパ系でどう考えても外国人だと思うのだけど、名前は志摩だという。いつも名前でしか呼ばないし呼ばれないから、苗字はわからない。情報提供者なんてやっているからおそらく偽名かなにかなんだろう。どうせはぐらかされるのが関の山だと思って深くは聞かない。


「こんなところでなにをしているんですか、志摩さん」

「なにもしていないサ。偶然のたまたまだヨ」


 いやいや、あきらかに拙を待ち構えていたでしょう。仁王立ちまでして。

「報告書ならちゃんと受け取っていますよ」

「それ確認しているから心配なんてしていないサ。ちょっとハルオミくんにお話しがあってネ」

「話しって、偶然だっていってませんでした?」

「偶然だヨ? ハルオミくんとお話ししたいと思いながらここまできたら、たまたまキミが通ったのサ」


 志摩さんは楽しそうにケタケタと笑う。

 この人はいつもこんな感じで何でも見透かしたように現れる。きっと本当になんでもわかる人なんだろう。でなければ古都島への情報提供なんてできない。

 古都島では依頼者の身辺調査を志摩さんに頼んでいる。理由は父さんも志摩さんも教えてくれない。ただ、その情報収集力は異常ともいえる量と正確さだ。うちを企業スパイだと勘違いしていた人がいたけど、志摩さんならできそうだと思える。それくらいに人間離れしている。


「それなら拙も話したいことがあったので、ちょうどいいです」

「おや、なにかな? 心当たりがまるでないなァ」

「じゃあ思い出すまでお話ししましょうか」

「そんなことより、起きたばかりでお腹空いてるんだヨ。どこか食べに行かない? お姉さんが奢ってあげるヨ?」


 マイペース甚だしいな! いつもこんな感じでのらりくらりとして調子を狂わされる。千百合ちゃんにあっさり仕事の情報話してることについても何度もやめてほしいと頼んだ。だがこんな調子で聞き入れてもらえたことはない。まぁ大事なとことはうまく隠して話しているみたいだから、考え無しってわけではないんだろうけど……


「……いいですよ。それじゃお話しはそこで」

「なに食べたい? 私はラーメンが食べたいなァ」


 まともに会話が成立しないことは長年の経験でわかっている。僕は適当に相槌を打ちながら、いま来た道を重い足取りで引き返すのだった。


   ◆   ◆   ◆


 奇石の精製には必要なものが2つある。

 1つは奇石の原型となる宝石。基本的にはどんな宝石でも使うことができるが、対象となる人物の誕生石であると効果が高くなる傾向がある。大きさによって効果が変わることはない。ただし小さすぎると精製そのものの成功率が落ちるため、硬貨程度の大きさが望ましい。

 もう1つは対象となる人物の心である。この場合の心とは感情であり想いのことである。精製する際に心を込めることで宝石が奇石として昇華するのだ。心を込めるためには対象との対話などを通して心を知ることが最大効率であり、伝聞では効果ははっきされない。古都島の当主は代々読心術の能力を有し、それを使い対象の心をすくい取っている。現当主の古都島雲仙、つまり拙の父さんも卓越した読心術を使い奇石の精製を行っている。

 そして拙、古都島晴臣もまた読心術を使い奇石の精製に活用しているなんてことはなかった。家系のなかで拙だけが読心術を使えない。理由はわからない。古都島の長男は次期当主として育てられるから幼少から読心術の才が現れるものらしい。実際長男だった父さんは拙の年齢の頃には立派に家業をこなしていた。拙も長男ではあるけれど、なぜだかいまになってもその徴候はみられない。そのため拙はいまだ半人前として扱われていて、いまでも父さんがメインで家業を行っている。拙が任されるのは程度の低いもので、失敗しても損失が小さいものばかりだ。

 そんな拙が出会ったのがあの黒川千百合ちゃん。初めて出会ったのは拙が依頼を受けて遠征をしていたとき、依頼先の施設にいた彼女がよそからきた拙に殴りかかってきたのだ。施設自体は普通のものだったがそこにいた彼女は普通ではなかった。

 千百合ちゃんには読心術に近い能力がある。問題はその能力のオンとオフの切り替えができないことだった。常にスイッチがオンの状態で、彼女の意志に関係なく周囲の人間の意識を読み取ってしまう。どこにいても意識の波にのみこまれる生活をしている彼女は情緒不安定などの精神疾患を抱えていた。

 当初の依頼に併発して拙は千百合ちゃんに奇石を与えることになり、結果的に彼女の望み通り能力は消えてなくなった。千百合ちゃんに平穏が訪れたと思ったのもつかの間、彼女は恩人である拙に恩を返したいと強引に距離を詰めてきた。そして古都島の家業のこと、拙が読心術の使えない半人前だということを聞いて助手になると言い出した。縁があるとはいえ、拙は普通の女の子に手伝ってもらう義理はないと説得をしたところ、なんと彼女は消えたはずの能力を再び取り戻したのだ。しかも今度はオンとオフの切り替えができる完璧な状態。拙の渡した奇石の効力がまだ残っていたのかはわからないけど、偏に千百合ちゃんの心の強さが影響したのだろう。トラウマとも言える忌まわしい能力をまた身に宿してまで協力しようとする彼女の想いを、拙は突っぱねることができなかった。

 それが古都島晴臣と黒川千百合の始まりとなった。


   ◆   ◆   ◆


 志摩さんとの食事もすませて家に着いたのは暗くなってからだった。さっき志摩さんが仁王立ちしていた角を曲がり家が視界に入ったところで、同時に違うものも視認した。


「千百合ちゃん?」

「晴臣さん。おかえりなさい」


 制服姿のままの彼女が門の脇から拙を出迎える。まさかこんな時間まで待っていたのか。


「どうかしたのかい」

「愚問ですわね、ご報告のために晴臣さんをお待ちしていたのですよ」

「それはわかるよ。いつもは次の日に報告していたのに、今日に限って家まで来てるのはどうしたのかって聞いてるの」

「いつものと違う案件なのはご承知でしょう? 時間がかかることだと考えたので1日でも早くお伝えしようと」

「時間はかかるだろうけど、そこまで急ぐようなことでも……」

「晴臣さん! 修善寺先生は本日も例の奇行をとめることができなかったのですよ? このままでは症状も悪化するでしょうし、以前のように移動の話がでてくるのも遅くないと思います。悠長なことをいってる状況ではありませんよ」

「わかった、わかったから落ち着いて。それにしても今回はやけに熱が入ってるみたいだね。拙に食って掛かるのはまぁよくあるけど、そんなに荒ぶるのは珍しいじゃないか」


 千百合ちゃんは拙の助手という立場をわきまえている。だから過剰な口出しもしないし、拙の言うことならだいたいのことは聞いてくれる。それでも拙への献身、いや狂信もありやや行き過ぎた言動もでてくるから今回みたいのは過去にもあった。けどどうやらそういう感じでもなさそうに思える。


「さきほどまで修善寺先生とお話しをしていましたがびっくりしました。すっごくいい人でさー! 2年の先生だからちょっと遠慮してたんだけどめちゃくちゃフランクで話しやすかったんだよ! バンドについて語ってたら盛り上がっちゃって気づいたらこんな時間で――」


 調子よく喋っていた千百合ちゃんだったけど、拙がちょっとニヤついているのに気づいたのらしく顔を赤くする。


「ん? 聞いてるから続けて」

「いえ、すみません。お見苦しいところを……」


 赤くなったままうつむき加減になる千百合ちゃん。

 拙の助手をすると決めてからは、いまの妙にかしこまったお嬢様っぽい口調と振る舞いを心がけているみたいなんだけど、まだ定着していないのか興奮したりするとつい昔の自分がでてきてしまうようだった。拙に殴りかかってきた、施設にいたあの頃の黒川千百合が顔を出してしまう。とうぜんその頃を知っている拙は当時の荒々しさにもなんら違和感を持たないけれど、彼女自身はとても恥ずかしがる。いまさら恥ずかしがることもないだろう。


「つまり、いい友だちになれた修善寺先生をなんとしても救いたいってことなわけだ」

「そ、そうです! ですから晴臣さんには1日も早く動いてほしいのです」

「まったく、かわいい助手にそこまで懇願されたらやるしかないね」


 拙は千百合ちゃんのお願いを聞いてあげることにした。理由はどうあれ彼女にはずいぶん助けられてるからね、拙が頑張れることならやってあげるべきだろう。


「ありがとうございます! それではさっそく例のやつやりましょう!」

「えっ。いまからアレやるのかい?」

「もちろんです。刻一刻も惜しい状況ですよ」

「いや……うーん。まだ準備していないし、今日は志摩さんにもあってしまって疲れが、ね」

「疲れるのはわたくしも同じです。一緒にするのですから言い訳はできませんよ。それともさきほどの言葉をなかったことにするつもりですか?」


 あぁ、これはだめだ。このパターンで千百合ちゃんに勝てた試しがない。口論で消耗するよりすなおにやることやったほうが良さそうだ。


「わかりました。それじゃどうぞこちらに」


 拙は門を開けて彼女を敷地内へ迎え入れる。


「失礼致します! あいかわらず広いお家ですね。庭だけでわたくしのアパートぐらいは入りそうです」

「何を言おうときみをここに住まわすことはないからね」

「それはもうダメだとわかったので諦めてますから、ご安心ください」

「以前が本気だったぶん信じがたいんだよ」


 正面に構える本邸の脇を通りぬけ居住スペースのある別邸へと千百合を連れて行く。

 この時間はまだ父さんは仕事中のはず。報告はあとでするしかないか。

 などと心配事に気をそらしていると、後ろをついていた千百合ちゃんが隣まで歩を揃えた。


「晴臣さん、今日は寝かせませんからね」

「……明日も学校あるんだからほどほどにね」


 うーん、明日はサボりかなー。


   ◆   ◆   ◆


「おはようございます」

「あら、古都島くん。もうさようならの時間よ」


 職員室まで行く途中、目的の修善寺先生をたまたま廊下で見つけてその日のサボりを悪びれることなく挨拶をした。


「私のところにきたということは、2日も休んでいた理由は聞かせてもらえるのかしら」

「あれ? 仕事だと電話で伝えましたよね」

「あのね古都島くん。あなたはまだ高校生なの、だから仕事よりも学業を優先するべきなのよ」

「先生から依頼された仕事でもですか?」

「そうよ。たしかに私は古都島くんに仕事として依頼をしたわ。でもそれを学校に来ない理由にはしてほしくない。学校に来れなくなるような頼みをしたつもりはないし、もしそうなら私の依頼はなかったことにして学校に来てください」


 面食らうとはこのことだ。拙は頼まれた仕事をしていたのに怒られたのだ。そんな馬鹿なと思う反面、この人がどういう人間なのか改めて認識した。

 なるほど、千百合ちゃんから伝えてもらった以上の混じりのない人間性。彼女が惹かれるのも納得だ。


「それはすみませんでした。でも先生のためだった、というのもわかってもらえると助かります」

「わかっていますよ。だからお説教はもうおしまいね」


 修善寺先生はくったくのない笑顔で拙を許してくれた。これだけ人徳のある人が相手だったんだ、もし拙が1人で仕事ができていれば奇石の精製はもっと早かっただろうな。


「それじゃあこれが約束のものです。先生の場合とくに時間の問題が大きいので、効果が長期間になるように作ってあります。肌身離さずとまではいいませんが、なるべく身に付けるようにしてください」

「これが私の……」


 修善寺先生は渡された淡い緑色の奇石をまじまじと見つめる。

 ビー玉ほどの大きさ。奇石としては小さいほうだ。今回は先生の誕生石を用意する暇がなかったから汎用の宝石を使ったわけだけど、小さいものしかなくて精製には何度か失敗した。おかげで時間がかかってしまったけど、千百合ちゃんが先生に強い共感性を持ったおかげでそれでも早く済んだほうだった。


「ありがとう古都島くん」

「これで症状が収まることを願ってます」

「古都島くんたちが私のために頑張ってくれたんだもの。絶対大丈夫だよ」

「だといいんですけど」


 まだ未熟で半人前の拙だ。自信をもった返事はとてもできなかった。

 それでも修善寺先生が拙を信じてくれてるってだけで嬉しくて、少し勇気をもらえた気がした。


   ◇   ◇   ◇


 軽い足取りで下駄箱までいくと低めに結ったポニーテールが目立つ知り合いがいた。拙が来るのを知っていたように待ち構えているその姿は、金髪の女性を彷彿とさせた。


「お疲れ様でした晴臣さん。これでひとまずは終了しましたね」

「そうだね。急ごしらえだったけど千百合ちゃんの熱意のおかげで十分な質にはなったし、あとは先生しだいだ」

「それも大丈夫ですよ。修善寺先生はすてきな女性です。奇石の助けさえあればご自分で解決するでしょう」

「うん。拙もそう思うよ。ところで」

「なんです?」

「この時間にくるって教えたおぼえは無いんだけど、なんでいるのかな?」


 拙の訝しげな視線を受けて、千百合ちゃんは自信満々の笑みで答えた。


「わたくしは晴臣さんの助手ですから」

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