四角と丸

 あのバカと別れてから分かったことが1つある。

 あいつは、私のことを好きではなかったのだ。

『なんで別れたの?』別れてから数日、聞き飽きた言葉に私は決まってこう返す『なんとなく』

 あの感覚は他に言いようがない。

 それよりも私が不思議なのはあのバカと付き合い続けている子がいるということ。

 あんな奴の相手をしていれば、なんともなしに別れたくもなるのではないか。

 それともすぐ別れた私が変なのか?

 私がマイノリティ?


   ◆   ◆   ◆


「私って変かな?」

「変だよ」


 テストも無事に終わって、いつもの店でハンバーガーを食べている。私の疑問を親友の阿佐美に相談してみたけど、即答された。


「阿佐美に肯定されるとムカつくわね」

「あの仮面王子と付き合った子は間違いなく変人だよ」


 ニコニコした顔で携帯をいじりながら阿佐美は答える。

 私は紙コップに入ったお茶を一口飲み、反論する。


「でもすぐ別れた」

「そもそも付き合わないよー。噂を聞いていたならなおさらねぇ」

「なんとなくいいかなって思ったの、ちょっとした興味本位だったの」

「そりゃあ興味は沸くけど、あたしでもダメだってわかるよ、あれは」


 阿佐美の正論にぐうの音も出ない。


「学校に行きたがるような結奈から彼氏ができたって聞いたときは、親友として嬉しかったけど、まさか仮面王子だとはねぇ」

「もういいわよ、バカだって言いたいんでしょ」

「そうじゃないけど、初めての相手がアレはかわいそうだなぁって」


 呆れたように笑う阿佐美に返す言葉もない。確かに、最初の相手がアレはあまりいい思い出になりそうもない。甘酸っぱい青春には程遠く、私の心は真っ黒な暗雲で満たされている。


「そんじゃ、時間だから先に出るよー」


 やっと携帯を閉じたかと思えば、阿佐美が席を立った。

「時間って――あー、おデートかしら?」

「あったりー! 正解したご褒美にクーポン券をあげましょう!」

「注文した時もらったやつでしょ」


 阿佐美からトレーに放ってあった紙切れを押し付けられる。


「ゆーなも新しい彼氏つくりなよぉー」

「余計なお世話だ幸せ者、さっさと行け!」


   ◆   ◆   ◆


 誤解なきよう、私が変ではないことを証明したいと思う。そのためにまずあのバカのこと、つまり仮面王子こと相川宗也の話をしよう。

 それは付き合って初めてのデートでのこと。

 恋仲にある私と肩を並べて歩いている彼の隣には、もう一人の女の子が歩いている。

 彼女の名前はさつきちゃん。2つ年下の1年生で、背が小さく明るめのセミロングの髪はゆるくウェーブがかかってふんわりしている。化粧は薄く真ん丸いくりっとした瞳に長いまつげ。制服の上に着ている少し大きめのカーディガンは袖が余り気味で、手を半分隠している。男子なら十人中十人が可愛いと思うような、女の子らしい女の子。

 そんな妹系代表のようなさつきちゃんと並んで歩いている私は、針のむしろな気分だった。

 残念ながらわたしの容姿は、少なくとも可愛いや美しいの類ではない。阿佐美には「背景みたい」と言われたこともある。友達の容姿に対する感想がそれである、ひどいやつだ。

 しかし認めるのは癪だけれど、妹系代表と並んでしまっては比喩ではなく本当に背景に見えることだろう。

 まぁそんなどうでもいいことは隅に置いておくとして、問題はこのみゆきちゃん。私の彼氏である相川宗也の彼女だと言う。私自身も意味不明なのだけれど、そういうことらしい。もしかしたら私は、このバカの彼女を自称している、とても痛い子なのではないかと不安になった。そこで、さつきちゃんに私もこの男の彼女だと伝えてみた。すると返ってきたのは「よろしくお願いします!」という、この関係があたりまえのような言葉だった。

 まだ相川宗也という男について知らず、当惑している私にさつきちゃんが説明をしてくれた。説明といってもほとんど惚気のような話を聞かされただけだった。なぜ仮面王子と呼ばれているかもわからず、唯一相川宗也がどんな男かわかる言葉が「ちなみに、あたしは5番目の彼女です!」だった。

 毎日一緒に帰る女の子が変わり毎週遊びに行く女の子が変わる。私もその一人だった。そんな状態が続けば何かがおかしくなってくる。だからおかしくなる前に別れたのだ。

 あのバカは付き合っている子全員に好きだなんだと言っているみたいだが、そんなことあるはずない。私への言葉も上辺だけのものであったのだろう。だから別れたのだ。


   ◆   ◆   ◆


 涼しく快適な気候も少なくなり、少しずつじめじめとした空気に変わってきた。午後の授業も終わり事務的なホームルームのあと、私は教室を出てまっすぐ帰らない。向かったのは普段は生徒が行く用事もない、端っこにあるひとけの無い教室。生徒会室と書かれた扉を開けると、すでに待ち合わせの相手がいたことに少し驚いた。


「柏木くん早いのね。待たせたかしら」


 後輩の男の子が作業をしていた手を止めて顔を上げた。


「問題ないですよ、三島先輩」


 彼は年下とは思えない落ち着いた子で生徒会の役員を務めている。生徒会長さんが役立たずらしく実質的に彼が生徒会を取り仕切っているらしい。


「頼まれてた資料だけど、これでいい?」


 私は鞄からファイリングした資料を手渡す。柏木くんはそれを受け取り、確認するように軽く目を通す。


「はい、これで十分です。ありがとうございます」

「どういたしまして。でも、そんなもの何に使うの?」

「ちょっとした頼まれ事です。助かりました」


 彼の素直な感謝の言葉に私も気分がよくなる。自然と顔が緩んでしまいそうで恥ずかしくなり、話題を変える。


「ところで生徒会長さんは?」

「今日はまだ見てないですけど」


 柏木くんがそう言うのと同時かというタイミングで生徒会室の扉が開いた。振り返ると見慣れた顔がいたけどむこうは私が居るのに驚いていた。


「あれ、結奈? なんでいるの?」

「どうも生徒会長さん、お邪魔だったかしら」

「そんなことないよー、結奈なら大歓迎だよ」


 生徒会長はのんびりした声で笑うとサイドで結んだ髪を揺らしながら、窓際にあるパイプイスに座った。そして机に突っ伏しだらしなく伸びる。私も空いてるイスに腰を下ろしたが、代わりに柏木くんが立ち上がった。


「それじゃ先輩がた、僕はもう帰りますね」

「えー! ちょっと早くない? わたし来たばっかりなんだけど!」


 広げていたプリントを鞄にまとめる柏木くんに生徒会長が文句を言う。


「今日は三島先輩から受け取るものがあったから来ただけですから」

「で、でも! 仕事は?」

「今はとりたててないですよ」

「え、そうなの?」

「特にイベントもないものね。生徒会にいるんだからせめてそれぐらいは把握しておきなさいよ」

「年間予定表を暗記しているような結奈に言われたくない!」


 そう言ってビシっとわたしに指をさす。


「人に指をさしたら駄目よ」

「あっ、ごめんごめん」

「それじゃ柏木くん、また今度ね」

「あっ、ちょっと!」


 生徒会長の駄々で引き止めるのも悪いから、私からそれとなくとタイミングを出してあげた。


「はい。それじゃあまた」

「まだ話おわってないー!」


 会長の言葉もかろやかにかわして柏木くんはするっと出ていった。


「ちょっとゆーなぁー」

「なによ生徒会長」

「なんで柏木くん帰しちゃうの。話したいことあったのに」


 むすっとした顔で文句を言ってくるけどいつものやり取り。


「暇な時期くらい自由時間をあげなさいよ。忙しい時は頼りっきりなんだから」

「頼ってないし! 柏木くんからやりますよって言ってくれるんだよ!」

「会長が頼りないからそう言うしかないんじゃないの?」

「むぅー。今日なんか結奈きつくない? なにかあった?」

「何もないわよ」

「ごまかしてもわかるよ。結奈がうちのこと名前で呼んでない時はなにかある時なんだよ」


 私にそんな癖があったとは知らなかった。次からは気をつけよう……


「そんなことより聞いたよ結奈!」

「聞いたって何を?」

「宗也くんとくっついて離れたんだって?」


 またその話ね。それよりもうちょっといい方を考えてほしいわ。


「……一応聞くけど、誰からその話しを?」

「阿佐美から」


 やっぱりかあのやろう。言い回ってるんじゃないだろうな。


「ねぇねぇ、いまどんな気分?」

「ずいぶんと楽しそうね、木乃花」

「ねぇどーなの?」

 

 嬉々として詰め寄ってくる木乃花に、多少の腹立たしさを感じる。傷口に塩を塗りまくってくるな、こいつ。柏木くんをあっさり帰したのが相当恨みを買ったらしい。


「ノーコメントよ」

「つまらないなぁ。もっと抱腹絶倒するような感想はないの?」

「そういうのは阿佐美の担当」


 不満の声を漏らし席に落ち着く木乃花。


「そういえば木乃花はあのバ……相川くんと同じクラスだっけ」

「いえーす。宗也くんとは一年から同じクラスだよ」

「そのわりには話しに出てきたことはないわね」

「宗也くんのことを話題にするのは、彼女さんたちだけだよ」

「ふぅん。じゃあ木乃花は相川くんと付き合いがないの?」

「挨拶くらいはするけどそれだけかな。話そうとも思わないしねー」


 立場上そして性格上、分け隔てなく他の生徒と接する木乃花にしては珍しいことだ。


「あらどうして?」

「自分より頭の悪い人とどう接していいか分からなくて」

「あぁー……」


   ◆   ◆   ◆


 ある日の休日。阿佐美と買い物に行く予定の私は待ち合わせ場所の駅前で待ちぼうけをくらっていた。


「阿佐美の言葉を信じた私がバカだったか」


 時間になってもこないから電話をしたところ阿佐美はぐっすりおやすみ中だった。「30分で行くから!」とだけ言って電話を切りやがったので、待っていたらこれだもの。


「なにが30分だ。もう1時間経つわよ」


 再び電話をかけたところでもう着く詐欺になるのはわかりきっている。こうなったら待つしかない。

 日陰で暑さを緩和しながら待ち音楽プレーヤーの曲が2回目のループに入ったころ、人混みの中にあいつの姿を見かけた。だらしなく着た制服、スクールバッグにはサイケなデザインの缶バッチの数々。ぼさぼさの真っ黒な頭に、女子顔負けな白い肌はあいつに間違いない。キョロキョロしてるそいつをつい目で追いかけてしまい、それがまずかった。むこうも私に気がついたようで、にこにこと嬉しそうな顔でこっちに駆け寄ってきた。


「やぁ結奈ちゃん。こんなところで偶然だね」


 いっそ無視してやろうかと思ったけどそんなことをしたら多分泣く。まさかと思うだろうがこいつは泣く。ちょっと引くぐらい泣く。そうなるのは困るので仕方なく相手をすることにした。


「えぇ本当にまったくもってとんだ偶然ね、相川くん」

「結奈ちゃんも買い物?」

「そんなところよ。相川くんも買い物かしら」

「うん、そうなんだ。如月ちゃんと一緒にね」


 如月ちゃんはたしか……2番目の子だったかしら。


「一緒って、姿が見えないけど」

「それが待ち合わせをしてるんだけど、如月ちゃんが見当たらないんだ」

「駅前で間違いないの?」

「うん。時間は過ぎてるんだけど、いないんだ」


 あの子は時間にうるさかったから、遅れるなんてことないと思うんだけど。ということは、


「ちなみに西口と東口のどっちで待ち合わせなの?」

「どっちって、ここが西口なんだから西口で待ち合わせに決まってるじゃないか」

「はぁ……こっちは東口よ。西口は反対」


 やっぱりかこのバカは! 私の時も同じ間違いしてたでしょ!


「あれそうだったの? じゃあ如月ちゃんは」

「向こうにいると思うわよ。早く行ってあげなさい」

「ありがと結奈ちゃん!」


 おもむろに私の手を握ってそう言うと、焦る様子もなく歩いて構内の階段をのぼっていった。


「ちょっとは急ぎなさいよまったく」


 握られた手の感触の名残を感じながら構内を眺めていたら、なぜか阿佐美が階段を下りてあらわれた。走る様子もなくトコトコやってきやがった。


「お待たせゆーな。さぁいこーか!」

「まてこら、謝罪の一言もないのか」

「謝って済むならケーサツはいらないんだよ、ゆーな!」

「まずはごめんなさいから始めようよ」

「ごめんなさい!」


 阿佐美は手を合わせ全力で頭を下げた。一瞬でそこまで手のひら返されると、なんだか真剣さが伝わらないわね。


「もういいわよ。いいけれど、それにしても遅くなかった? だいたいなんで駅から出てくるのよ」

「じつは……向こうが東口だと勘違いを」

「おまえもか!」


   ◆   ◆   ◆


 休み明けの気だるい月曜日の放課後。特に予定もなくまっすぐ帰ろうとしたら、昇降口でバカに遭遇した。


「あっ、結奈ちゃんだ」

「……さようなら」


 さらりとかわしてバカを置いていこうとしたが、どうしてか追いかけてきた。


「ちょっと結奈ちゃん、待ってよ」

「なにかご用かしら」

「よかったら一緒に帰ろうよ、今日は1人で寂しいんだ」


 男が伏目がちに寂しいとか言ってきたんだけど。胸の奥がもやっとするのはなんなのだろう。


「1人? いつもの子たちはどうしたのよ」

「今日は葉月ちゃんと約束してたんだけど、委員会で残らなくちゃいけないからって一緒に帰れなくなったんだ」


 葉月ちゃん……また増えたのね……


「それは残念だったわね」

「だから結奈ちゃんと一緒に帰れたら嬉しいよ」


 この男はどうしていつも、なんていい笑顔でなんてこと言うのかしら。怒る気力がなくなってくるわ。


「私はもう、そういうのじゃないんだからあんまり仲良さげにしない方がいいわよ」

「そういうのって?」

「ちゃんと付き合ってるわけじゃないから、他の子に悪いでしょってこと」

「あぁー……そういうこと」


 気づくのが遅い。自分で言ったとはいえ納得されると余計に悲しくなるわね。


「でも関係ないよ。僕がだれと付き合っていても、せっかく仲良くなれたんだから結奈ちゃんとお話したいよ。僕が結奈ちゃんと仲良くしてほかの子に嫌われちゃうなら、その子とは相性が悪かっただけだよ。僕と仲良くしてくれる子は結奈ちゃんとも仲良くなれるはずだよ」

「それは、また……ずいぶんな理想論ね」

「そうかなぁー」


 口では天邪鬼なことを言ってしまったけど、でも、たぶんそういうことなのだろう。

 実際、彼と付き合っていた間にほかの女の子たちと喧嘩になったことはない。阿佐美や木乃花ほど仲良くなったわけではないけれど、普通に話題を持ち寄って話ができるほどには仲が良かったと思う。相川くんの話題になった時も、みんなお互いの惚気話を聞きあっていて嫉妬の炎が燃えることはなかった。さすがに恥ずかしくてあの輪に私は入れなかったけれど。

 あぁ、そうか、そうだったのか。彼にとっては付き合うという言葉に意味なんてないのだ。便宜上そう言うしかないだけで。ただ仲良くなって何も考えずに楽しい時間が過ごせる、さながら家族のように気が置けない間柄になることが彼にとっての付き合うなのだ。だから好きという気持ちが等しくなるのも不思議なことじゃない。


「相川くんは、付き合っている子たちのこと好き?」


 普段私が口にしないような質問に彼は目を丸くしていた。我ながらバカな質問だと思う。でも、聞かずにはいられなかった。質問から一呼吸おき、相川くんは笑ってこう言った。


「もちろん好きだよ」

「…………私は?」

「好きだよ、もちろん」


 即答だった。

 嬉しかった。

 そして、悲しくなった。


「だから一緒に帰れて嬉しいよ」

「でも、私はもう付き合わないからね」


 私にはそんな資格なんてないんだ。だから私は精一杯の笑顔を作り言ってやった。


「そっか、残念だな。でもこうして空いた日には一緒に帰ってくれる?」

「それくらいなら、まぁいいわよ。あなたの隣が空く時なんて滅多にないでしょうけど」

「みんなに言って空けてもらうから大丈夫だよ」

「それじゃあ意味ないじゃないの! だいたいいま何人いるのよ」

「10人は超えてた気がするなぁ」

「ちょっと増えすぎじゃない!? 私でも1桁だったのに」

「あれ、結奈ちゃんは何番目なんだったっけ?」

「知らないわよ」

「あぁそうだたしか――」

「言うなバカぁ!」



 訂正

 あのバカと別れてから分かったことが2つ。

 あいつは私のことを好きだったのだ。

 そして私はあのバカを好きになった。

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