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2分の1の炎

 町のはずれにある小さな家。そこには魔法使いが住んでいると噂されている。 しかし誰かがその家に出入りするところを見た者はいない。 無人であることを告げるように外観もみすぼらしく腐ちていた。壁のタイルはボロボロに崩れ、錆びた門扉は半開きのまま風にあおられて金属音をあげている。 ところが、夜になると備え付けられたランプにはちゃんと火が灯る。ただ、廃屋とも思える建物をランプの火が照らしていては雰囲気が増すばかりだった。 それに気づかないその住人はきょうもランプに火を灯す。 背の高い魔女はラフな服装で肌の露出が多く、およそオシャレに気を使っている風には見えない。銀色にもみえる白い髪は腰ほどまで長く、スタイルの良さを際立たせている。右目は前髪に隠れているが、左目に輝く赤い瞳が魔女の力強さを象徴しているようだった。落ち着いた雰囲気をしているが、その頭にはデフォルメされた動物を模したニット帽子をかぶっている。『ねぇ。いい加減さぁ、引っ越ししたら?』 帽子が言った。「どうして?」 魔女は質問で返す。『いつまでもこんなオンボロに住んでたら商売にならないよ』「そうはいってもさ、他にあてなんかないじゃない」 魔女は答えながらランプを撫でるように手をかざす。するとたちまち火が熾きた。『となりの街に行けばいいじゃない。あの子が居るでしょ』「い・や・よ! あんな死人と半死人しかいない街なんかごめんだわ。だいたい、あの天然ちゃんにお世話になるくらいならこのオンボロのほうがマシよ」 落ち着いた雰囲気など微塵も感じさせない荒々しい態度で、頭上の帽子に抗議する。『わるい娘じゃないのに』「だからよ。悪気が無いってのが一番たちがわるいの」 魔女は家の中に戻り、ベッドへと腰を落ち着かした。『まぁあなたは短気だから、あの子といっしょにいたら身がもたないかもね』「私は短気じゃない。ちょぉっと気に入らないことがあると手が出るだけよ」『そういうところよ……』 帽子は呆れたように言う。 廃屋に、もとい魔女のもとへひとりの人間がやって来た。男の年齢は若く見え、どちらかと言えば少年と呼べそうな感じだった。 魔女は玄関をでて少年を迎え入れようとするが、むこうは及び腰になっている。「何やってんのよ。なかに入って」「いや、でも……」 少年は口ごもり動こうとしない。 すると帽子が言った。『心配しなくても、すぐにお代をいただくわけじゃないわ。まずは話を聞かせてね』 魔女とは違う声がどこからともなく聞こえ、少年は驚きキョロキョロと首をふる。そしてすぐにその声が魔女の上から聞こえたこと、そこには動物(帽子)がいることに気が付く。魔女よりもいくぶん優しい声だったこともあってか、少年はすこし安堵した様子で門をくぐる。いっぽう魔女は不機嫌そうだった。 少年の話によれば、町で不審な火事がおきているという。火の気が無いのはもちろん、広場の往来でも突如としてなにかが燃え出したりしているらしい。 その原因を突き止めて、できれば火事がなくなるように解決してほしいとのことだった。『それは天火ね』「てんぴ……?」「東の島国でみられる怪火のひとつだよ。ここで起きるのは珍しいんだけどね」『すこし前に東から流れてきた人がいたはずよ。きっとその人に憑いてきたんだわ』「そういえばそんな奴がいたような……ったくはた迷惑な」 愚痴る魔女を少年は懇願するようにみつめる。「そんな顔しなくても、私がなんとかするよ」「ほんとですか?!」 目を輝かせる少年に対し、魔女は意地の悪そうな笑みを浮かべる。「もちろん、報酬はしっかりもらうからそのつもりでね」 夜遅く。住民たちが寝静まった町中、その広場に魔女はいた。「それじゃ、やるとしますか」『なるべく穏便にするのよ」「それは相手しだい。……よっ!」 魔女は掌にから炎の礫を浮かべ、それを宙へ投げる。礫は弾けて散った。 すると周囲がだんだんと明るくなる。光源はいくつもの炎の塊だった。 離れたところに浮かんでいた炎はゆっくりと魔女のもとへと近づいてくる。 まるでスポットライトに照らされたように明るくなると、魔女は対応するように赤い瞳にちからを込める。「あなたたち、何をしにここへ来たのかしら」 魔女は炎の塊たちへ問いただす。それに答えたのはしわがれた低い声だった。「我々は導かれたからここへ来たまで。そして怪火である我らがすることはただ燃やすこと、それだけだ」 どの塊が喋っているかは判別つかず、魔女は誰にいうでもなく話を続ける。「それならここに留まる理由もないわね。私が別の場所へ送ってあげるからここから離れなさい」「貴殿は炎を司る術者であるな。なれば我々が従うのは道理である。どこへなりとも往こう」「そんなに堅くならなくていいのに。じゃあこの子が案内するから、ちゃんと付いていってね」 そう言って魔女は再び掌から炎の礫を浮かべた。こんどはその礫が鳥の形に変化して羽ばたき、東へ向かって飛んで行く。 炎の塊たちはふわふわと炎の鳥を追いかける。やがてその灯は見えなくなり、夜の色が戻ってきた。『すなおな相手でよかったね』「まっ、私にかかれば楽勝よ」 魔女と帽子は満足気に帰路へついた。「天火どもは追い払ったわ。これで不審な火事はなくなるでしょ」 魔女の報告に少年はとても喜び、安堵の表情を浮かべる。「ありがとうございます。これで町の人たちもおちついて過ごせます」『よかったね』 帽子の言葉に少年は満足そうに頷く。しかしすぐに顔を曇らせてしまった。「それで、あの……報酬のことなんですけど、あんまりお金がなくて……」 少年の申し訳なさそうな声に、魔女はふっと笑みをみせる。「その件だけど、お金はいらないよ」「えっ?」『え?!』 少年と帽子は驚きの声をあげる。「ただし! おまえはこれから私の助手をすること。それが今回の報酬だ」 魔女はにんまりと言ってみせた。「助手って……そんな! あなたと違ってふつうの人間ですよ!」「だからだよ。この辺の人間は私が魔女だからってなかなか近づいてこないからね。人間のお前が仲介してくれれば仕事も捗る。いやなら金を払ってもらおうか?」「……ちなみに、いくらぐらい」 魔女は右手を前にだして指を四本立てた。それをみた少年はがっくりと肩を落とす。「手伝います……」「それがいいとおもうわ」 沈んでいる少年は顔を上げて気を取り直し、魔女みすえて改めて挨拶をする。「これからよろしくお願いします。……そういえばまだ名前を聞いてないんですけど」「あぁーそうね。私はシャーロット。よろしくね」『ねぇ』「なに?」『どうしてあの少年を助手になんてしたの』「言ったとおりよ」『……本音は?』「めんどうだから」『はぁ……まったくあなたは』「そういわないでよ。マネージャーがいないと大変なのはホントでしょ」『そうね。それはわたしの責任でもあるから何もいえないわ』「ごめん。そんなつもりじゃ」『いいのよ。それよりもう寝ましょう。二十一時を三分も過ぎてるわ』「わかった。おやすみ、シャーロット」『えぇ、おやすみなさい。エリカ』

ハートの欠片

  死人と半死人しかいないこの街には医者がいない。  当たり前だ。死んでるものに治療はいらないし、死んだも同然のやつに治療をするのは無駄なことだ。  そんな街に一人の魔女がいた。  いっけんすると普通の人間だが、身体にはツギハギの跡があり、独特な色合いで奇抜さを演出している。銀髪にピンク色を混ぜた長めの髪はウェーブがかっていて、柔らかい緩んだ表情とあいまってふわふわとした印象を与えていた。頭には黒いシルクハットをちょこんとのせている。  異形が暮らすこの街でも、彼女は特に不思議な存在だった。  魔女は公園で日がな一日ぼーっとしていることが多かった。  今日も朝から公園に赴き、年季の入った錆びれたベンチに座っていた。  そのまま時間は過ぎ、日が暮れようとしたとき、ふいに魔女の耳に声が聞こえてきた。 「ちょ、ちょっとすみません」  魔女はキョロキョロとあたりを見渡すけれど、誰もいない。 「あっ、下です。こっち」  そう言われて視線を下に落とす。そこにはゾンビが這いつくばっていた。 「あらぁ。こんにちは~」 「はぁ……こんにちは」  高低差のある状況で、ゾンビは戸惑いながらも挨拶を返した。 「お聞きしたいのですが、あなたは魔女ですか?」 「そうよ」 「もしかして、治癒魔女さんです?」  魔女は首をかしげ、しばし考える。そうして、 「そう呼ばれているかもしれないわね~」  のんびりと答えた。  もどかしそうにしていたゾンビは喜びの声をあげる。 「やっぱり! あなたを探してたんです」 「わたしを?」 「いきなりなんですけど、お願いがあるんです」 「わたしに?」 「はい。じつは見ての通りでして」  そう言って、ゾンビは這いつくばったまま顔を後ろへと向ける。視線の先は脚だったが、肝心の脚は無くきれいにもげていた。その両脚はいまゾンビの背中に括りつけてある。 「あらぁ。脚がとれちゃったの~?」 「そうなんです。森へ行く途中でうっかり地雷を踏みつけてしまって」 「それはたいへんですね~」 「まったくです。でも、吹っ飛んだのが脚だけだったのが幸いでした」 「そうねぇ。それでわたしにご用っていうのは?」  察しの悪い魔女は、ここまでの流れを無視した質問をする。 「あの、脚をなおしてほしいのです」 「わたしが? でも~」 「言いたいことはわかります! なおしていただければお礼は必ずします! ですから!」  ゾンビは言いよどむ魔女に渾身の気迫で詰め寄る。(実際は這いつくばったまま) 「そこまでいうなら、なおしてあげてもいいよ~」  魔女はすっと立ち上がると、どこからともなく大きな針を取り出した。最初は身の丈ほどもあった針を伸縮させて、大きさを調整する。 「ちょ、ちょっと!」  針を持った魔女をみて、ゾンビは慌てた様子で声をあげた。 「その針でなにをするつもりですか?」 「なにって、縫い付けるのよ?」  ゾンビは吃驚して、ますます声を荒げた。 「じょ、冗談じゃない! そんな危ない方法じゃ困ります!」 「?」  きょとんとする魔女にゾンビはまくし立てる。 「あんた魔女でしょ? そこは魔法を使って、しゅーん……ぱっ! みたいな感じで何事もなかったようになおすんじゃないのかよ!」 「……まえきたゾンビさんはそれで喜んでたけど」 「んなわけねーだろ! 身体を縫い付けられたら痛いに決まってるだろ!」 「でも、それがいいーって」 「そいつが特殊なだけだ! そんなやつを基準にするな! 普通は痛いのは嫌なんだよ」  下から目線で怒鳴られた魔女は、少し不満そうな顔をするも、すぐに機嫌をなおした。 「なんだぁ、じゃあぱぱっとなおしちゃえばいいのね?」  そう言った魔女は針を振るう。 「あぁ魔法で頼むよ。時間がかかるってんならちょっとくらい待つから」 「できたよー」 「はえーよ! 助かるわ! ありがとうございます!」  軽やかなステップで帰っていくゾンビを見送ったあと、満足気な魔女は家路につくのだった。  道行く異形のものたちとも、人間とも違う。魔女は一人でこの街に暮らす。  名前のない彼女の家には表札がなく、誰が住んでいるのかもわからないまま。  ただ、それゆえに、街の住民は彼女のことを親しみを込めて『治癒魔女』と呼ぶのだった。